シュールで退廃的だけど穏やかで楽しくもある日常「シメジシミュレーション」。

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 コミックキューンで1年数カ月ほど前に連載が始まり、少し前にコミックス1巻が発売された「シメジシミュレーション」を取り上げてみたいと思います。作者はあの「少女終末旅行」のつくみずさん。「少女終末旅行」は、終末を迎えつつある滅んだ世界での日常の旅を描いた作品として、アニメも非常に評判を呼んだ名作。残念ながらコミックス6巻で「終末」を迎えましたが、その後しばらくしてコミックキューンで始まったのがこの新作。あのつくみずさんの新作ということで、「少女終末旅行」にはまったわたしとしても待望の連載でした。

 

 舞台はどことも知れない、おそらくは日本の地方の郊外。主人公のしじま(しめじ)が、2年間の押入れでの引きこもり生活から一念発起し、高校入学を起に学校へと通い始める。そんな1話冒頭から物語はスタートします。
 久しぶりに出て目の当たりにした外の世界。それは、ごくありふれた衰退しつつある地方の郊外にも見えて、しかしところどころで違和感のあるシュールな一面も見え隠れする、そんな世界でした。
 まず、主人公の頭にはいつのまにかきのこ(しめじ)が生えている。最初に友達になったまじめにはなぜか頭に目玉焼きが乗っている。学校ではなぜか「穴掘り部」という意味不明な部活が活動していたり、通学途中の空き地には時折なんだか妙なオブジェが建っていたりするし、時折変な人に遭遇したりする。

 

 こうした奇妙な世界観は、主人公が見る「夢」の世界でさらに顕在化し、巨大な集合住宅(団地)が無数に連なる世界で、部屋を訪れるごとに奇妙なオブジェが中に陳列され、建物の間の空中に長い階段がかかり、巨大な蟹が襲ってきて空を飛ぶ魚で難を逃れたりする。このようなシュールなイメージが全面に出た世界観は、不思議な構造物が至るところに見られた「少女終末旅行」とも共通するところで、またかつての不条理作品の名作から、つげ義春の漫画を思い出す人も見かけました。個人的にも、この夢に見る光景は幻想的でとても惹かれるものがあり、中でも「よしか」と名付けられた魚とカフェで対面する1話のワンカットがとても好きです。

 

 しかし、それと同時に、こうした世界でも普通の(?)日常は存在し、その中で穏やかに生活する姿もよく描かれているように思えました。毎回のエピソードの最後にその話で登場した場所のワンカットが描かれているのですが、「学校の昇降口」「教室」「校庭」「ファミレス」「住宅地」と、それらのカットを見ると意外にも現実の世界とさほど変わらず、平凡だけど穏やかな日常をそれなりに楽しく過ごしている様子が窺えます。

 

 むしろ、この作品で描かれている世界は、今現実で急速に衰退しつつある郊外の地方都市の姿をも彷彿とさせます。住宅地よりも茫漠とした空き地の方がずっと広く広がっていて、歩いている人も少なく閑散としている。そんな中に学校やコンビニやファミレスがぽつんと点在している。さらには主人公が住んでいる巨大な集合住宅(団地)には、彼女たち以外はほとんど住んでいないらしく、もはや廃墟に近い状態になっている。このままさらに人は減っていってついには完全に廃墟になりそうな、現実の日本の地方の姿をさらに押し進めたような印象を受けました。

 

 そんな世界で、唯一際立っているのが、科学者であるらしい主人公の姉の行動です。彼女は、「世界のゆがみを検出する」ために日々何事か研究しているらしく、やがて「名前のある魚生成機」なる奇妙な機械を作り上げ、しじまたちを夢とも現実ともつかない世界へと誘う。やがて来る近未来の衰退した世界において、その世界を作り変えるために何事か企んでいる科学者の姿。ひとつのSF作品としても見逃せないものがあると思います。