ダンベルから遡るトレーニングアニメの系譜。

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 今季の夏アニメでおそらくは最高のヒット作となったダンベル何キロ持てる?」。予想以上に本格的なトレーニング描写と魅力的なキャラクター、毎回笑わせてくれる楽しいストーリー、大人気となったOP/ED曲と、あらゆる意味で楽しめる最高の作品のひとつだったことは間違いないでしょう。


 とりわけ誰もが注目したのが、本気で役に立つ筋トレ知識の数々でしょうか。ジムの器具や自分の家で行える具体的なトレーニングの方法、食事や日常生活で取り組むべき基本的な知識と、毎回感心して見ていました。「サイドチェスト」や「モストマスキュラー」などボディビルの用語が推されているのも特徴で、これでボディビルの見方が変わった気がします。

 

 しかし、こうした筋トレをテーマにしたアニメは、この「ダンベル」以前にもいくつか心当たりがあります。これらの作品も、おおむね好評で当時は一世を風靡したところもありましたし、ある意味今回のダンベルもその系譜を継ぐ決定版と言えるかもしれません。

 

 まず、最初に注目を集めた作品として、2009年に発売されたOVAいっしょにとれーにんぐがありました。テレビアニメではなくOVAで、最初に発売されたのは1巻のみ。しかし、登場する女の子がやたらえろいトレーニングシーンを見せてくれる構成が、その筋のオタクの間で妙な注目を集め、一時期異様な話題を集めてしまったのです。


 24分と短い時間ながら2100円とアニメのOVAにしては安価な点、簡単なトレーニングの紹介ながら実際に役に立つ点、登場する女の子キャラクター(ひなこ)の人気などで好評を集め、のちに続編が制作されるまでになりました。この手の筋トレアニメの嚆矢にして、手軽に買えるOVAとして十分な良作だったのではないでしょうか。

 

 さらに、次にテレビアニメとして話題を集めたのが、2015年に放送されたあにトレ!EX。1話5分と短いショートアニメであり、制作はあのアース・スターエンターテインメント。5分アニメながら毎回詳しく役に立つ筋トレシーンを見せてくれる内容、登場する女の子がやたらえろいトレーニングシーンを見せてくれる構成、登場する5人の女の子が揃ってかわいかった点や声が良かった点などもあり、やはり一部で大きな反応を集めることになりました。好評で続編(「あにトレ!XX」)も制作されるなど、やはりこれも成功だったと思います。


 ちなみにこのアニメ、最初は手書きの良作画でトレーニングを見せていたのが、5話で急に出来のよくないCGとなり、これが大不評で直後にスタッフの間で反省会が開かれるという展開で話題を呼んだことがあります。TwitterなどSNS時代のアニメ制作のフットワークの軽さと、スタッフの良心的な仕事ぶりを象徴する出来事だったと思いますね。

 

 そして、今回2019年になって放送されたダンベル何キロ持てる?」。しっかりした原作マンガが存在し、本格的な30分のアニメで、さらにこの手のアニメで評価の高い動画工房の制作と、まさにあらゆる点でパワーアップ。登場する女の子が無駄にえろいトレーニングシーンを見せてくれる構成はそのままに、街雄という筋トレマニアの名キャラクターをも生み出し、毎回のように楽しい日常描写と時にぶっ飛んだエピソードでストーリーもしっかり楽しめるのも魅力でした。まさにここまでの筋トレアニメの決定版と言っていいと思います。

 

 こうして振り返ってみると、2009年・2015年・2019年と、どうも定期的にこうしたアニメが出てきているような気もします。もしかして忘れた頃にオタクに筋トレをさせようとするアニメが定期的に登場している・・・? そもそも1人でマイペースで取り組め、成果も確実に上がる筋トレは、オタクと親和性が高いらしいですし、こうしたアニメの人気が出るのも必然と言えるかもしれませんね。

今季最大の伏兵にして超名作「Re:ステージ!ドリームデイズ♪」

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 今季のアニメはいつも以上に豊作でこれはという作品は多数あるのですが、しかしこのアニメに最初から注目していた人は多くなかったと思います。アニメ初参入にして究極のアイドルアニメ?「Re:ステージ!ドリームデイズ♪」です。

 

 すでに数年前からリズムサウンド系のゲームとして長く活動していたのですが、ここに来てのアニメが面白すぎました。最初は「また新しい新手のアイドルアニメか」くらいの印象で見始めたのですが、1話からなんだか意外なほど面白いなと考えを改め、そしてそれは回を追うごとに確信に変わっていきました。アイドルものの作品としても、あるいは他に様々な側面で楽しめる超良作だったのです。

 

 アイドルものとしては、主人公の舞菜を始めとするメインキャラクター達が、ひとりひとり何らかの事情でアイドルへの道を一度あきらめた、あるいは挫折しかけているという事情があり、そんな彼女達が新たに奮起してアイドルへの道を再開するストーリーになっています。これが「Re:ステージ!」というタイトルの原点にもなっているのですが、ひとりひとりのストーリーがいちいち熱くてほんとに面白い。主人公の舞菜などは、とある事情からアイドル育成本場の本校から、高尾にある分校へと逃げるようにやってきたという事情があり、それがここで新しく出会った仲間たちの力で立ち直り、彼女たちと共にアイドル活動を再開、かつては味わえなかった楽しさをも再確認することになる。他のキャラクターのストーリーもひとりひとり胸が熱くなるものばかりで、このアニメを見てほんとによかったと今になって改めて思います。

 

 しかし、「Re:ステージ!」アニメの魅力はこれだけではない! まず、わたしが最初にこのアニメで感じたのは、意外にも日常ものに近い雰囲気も楽しめることでした。舞菜が高尾校にやってきて最初に出会った部活、その「謡舞踊部」という一見謎の部活で活動を始める姿や、個性的なキャラクターたちが学園生活を送る描写から、きらら系のような日常ものの楽しさに惹かれてしまったのです。実際、そういう雰囲気から見始めた人も多かったようで、それもこのアニメの人気の隠れた原動力になったと思います。

 

 そしてもうひとつ、回を追うごとに判明するぶっ飛んだ展開にも散々笑わせてもらいました。3話でサバイバルゲーム部所属の本城香澄(ほんじょうかすみ)を仲間に引き入れる話で、ガチの描写でサバゲー対決を描いたあたりからそのことに気付き始め、そして5話で新しい曲作りを試みる話で、その香澄と相方のかえがグルービーな謎テンションで盛り上がるシーンで本当にぶっ飛びました。このシーンはのちに運営公式によって編集動画が投稿される事態となり、この公式が本気で遊び心に満ちていることを認識させられることになったのです。また、このふたりや、あるいは特徴的な「みぃ」言葉が顕著なみい先輩(長谷川みい)など、キャラクター自体もはっきり印象に残るほど極めて個性的な女の子ばかりで、こうした型にはまらないキャラクターも大きな魅力だと思います。

 

 物語後半ではさらにライバルとなるアイドルユニットが数多く登場し、そちらのキャラクターと活動の背景も魅力的に描かれ、さらに世界が広がっていくことになります。個人的には2人ユニットのかわいさと楽しさに全力を注いだ活動ぶりのオルタンシアが最高でしたね(笑)。1クールのアニメでここまでの展開を見せてくれたことは本当に驚きで、既存の人気アイドルアニメに匹敵するような名作が、ここにひとつ加わったのではないかと思います。個人的には高尾山を予想以上に細かく描いた聖地巡礼的なアニメとしてもポイントが高い。ゲームの方の展開も堅調なようですし、ここはさらなるアニメの展開も切望したいですね。

「新米姉妹とふたりごはん」テレビドラマ化の話と電撃百合作品を振り返る。

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 先日、電撃大王連載の「新米姉妹のふたりごはん」(柊ゆたかのテレビドラマ化が発表されました。電撃の本格料理&グルメマンガにして百合作品でもあるこの作品、先にアニメ化された「やがて君になる」に匹敵するほどコミックスも売れているようで、さらなる展開を待ち望んでしました。個人的にはやはりこの作品はアニメ化してほしかったな・・・というのが正直なところですが、しかしこうしたグルメマンガが実写ドラマになるという展開は「ラーメン大好き小泉さん」でもありましたし、ドラマ化も出来る作品という認識がテレビ制作サイドにあるのかもしれません。できれば小泉さんと同じくドラマ化からのアニメ化まで期待したいところです。

 

 「新米姉妹のふたりごはん」は、両親の再婚によって姉妹となったサチとあやりのふたりの同居生活を描くコメディ作品。当初は慣れない同居生活に不安を抱えていたふたりが、料理を通じた交流で少しずつ近付いていく絶妙な関係性の描写が魅力です。それと同時に、あやりが日々ふるまう本格的な料理も魅力で、料理マンガ・グルメマンガとしての面白さも十分。そのあたりの百合×料理&グルメという楽しさの相乗効果を、いずれアニメでも見たいと思っています。

 

 さて、今の電撃大王では、この「新米姉妹」だけでなく、数年前から百合作品の連載を積極的に始めていて、他にも有望な作品はいくつもあります。


 まず、上記でも既にタイトルを挙げたやがて君になる」(仲谷鳰。百合関係をはじめ様々な恋愛の形と登場人物の過去をクローズアップしたシリアスなストーリーと、一方で仲谷さんによるコミカルで軽快な作画によるキャラクターの魅力も備えた作品で、連載開始直後から大きな話題を呼ぶことになりました。この作品のヒットが、電撃が百合作品を導入する最大のきっかけとなったと思います。先日のアニメも非常に好評でそちらの続編も待望していたのですが、原作の連載はもうじきの終了が告知されているのが残念なところです。

 

 一方で、つい最近大王で始まった新連載としては、安達としまむら」(入間人間・のん)を挙げたいところです。原作は入間人間さんのライトノベルで、百合恋愛と同時に女子高生のゆるやかな日常を描いた日常もの的な雰囲気も感じる良作。実は以前スクエニの手で一度コミカライズされているのですが、今回電撃大王でまさかの再コミカライズ。のんさんの作画は非常に整っていてかわいらしく、今回も雰囲気は抜群でした。ふたりの間の心理描写も丁寧かつ緻密に描かれていて素晴らしい。そしてついにアニメ化まで決定しており、一気に電撃次の最大の期待作となってきたと思います。

 

 そして新連載をもうひとつ! これまで少年画報社ヤングコミックに掲載されていた「とどのつまりの有頂天」(あらた伊里)が、電撃大王に移籍連載されることが告知されています。こちらも百合で知られた作家による人気作品で、それが百合に力を入れている電撃に移籍とはさらに期待できる展開。こちらでの連載は年内に開始予定とのことで、個人的にも非常にうれしいニュースでした。

 

 そして、これは電撃大王ではなくマオウの連載ですが、「熱帯魚は雪に焦がれる」(萩埜まこと)も、今最も注目される作品だと思います。 高校に転校してきた少女と彼女の先輩との間に織り成される極めてセンシティブなストーリーと、さらには「水族館部」という愛媛の高校に実在する珍しい部活動をクローズアップしたことも特徴的です。その愛媛の長浜をモデルにしたご当地作品としても興味深い一作ではないかと思います。

 

 こうした電撃系の百合作品、これまでに百合とは縁の遠かった雑誌や出版社でも百合作品を掲載する契機となり、百合の世界を広げたという点で、その功績は極めて大きかったと思います。そして、ここに来てさらなる新連載やアニメ化、ドラマ化などの動きも盛んとなってきたようで、さらに楽しみにしたいところです。

「社畜さんは幽霊幼女に癒されたい。」

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 今月のガンガンの新連載社畜さんは幽霊幼女に癒されたい。」(有田イマリ)を遅ればせながら紹介したいと思います。今月からの新連載なのに、雑誌発売の数日前にコミックス1巻が先に発売されており、実は作者がTwitterに投稿したマンガを商業連載化したという、まさにいまどきのマンガ雑誌を象徴するような連載となっています。

 

 タイトルどおり、社畜と呼ばれるようなしんどい労働環境にあるIT会社に勤めるお姉さんが主役。深夜まで働く彼女の元に、出ると噂になっていた幽霊が現れますが、見つけたそれは見た目かわいい幼女。人を怖がりつつ必死に「たちされ・・・」を連呼するその幽霊に逆に癒された彼女は、それで元気をもらってその日の仕事をこなすようになる。そんなめちゃかわいいオフィスコメディ(?)になっています。

 

 最近ではブラック企業の労働環境がクローズアップされる世相を反映してか、こうした「社畜」的なキャラクターが登場するマンガやアニメが一気に増えていますが、これは社会問題になるような暗い部分よりも、幼女に癒されるお姉さんの和み描写に全力をかけているところに好感が持てます(笑)。過去作との比較で見ると、「小林さんちのメイドラゴン」の小林さんのイメージにちょっと近い。IT企業の社員が幼女に癒されるという点では、先日アニメ放送された「世話やきキツネの仙狐さん」とも共通したところがありますが、舞台が会社である点と主役のお姉さんのビジュアルや雰囲気では、小林さんのそれに最も通じるものがある。こうした作品が好きなら文句なく楽しめると思います。

 

 もともとは作者のTwitterアカウントに2月に投稿されたショートコミックの連作でした。しかし、これが公開直後から大ブレイク。思い切り「バズる」結果となり、Twitter界隈で大きな話題となっていました。それが、スクエニの手でついに商業化され、連載に先走るかのようにコミックスも発売。こちらには描き下ろしのコミックが45ページも掲載されており、Twitter掲載分と変わらぬ癒しを見せてくれます。

 

 作者の有田イマリさんは、昨年までガンガンで「はっぴぃヱンド。」というマンガを連載していました。かわいい絵柄ではこちらと共通していますが、内容は過激な描写も多いサイコSFのようなストーリーで、そのギャップに面白いものがあったと思います。しかし、読者の好みが割れるところもあったのか、大きなヒットまでは至らなかったと思いました。それが、連載終了直後に始めたTwitter投稿マンガが、こうして大ブレイクしてこちらもガンガンで連載されるまでに至るのだから、世の中何が起こるのか分からない。もともと絵は非常にかわいいところがあっただけに、こうしたコメディでも行けるのではないかと思っていましたが、予想以上の人気に驚いています。もともとガンガン作家だっただけに、これがガンガンでも雑誌を支える次のヒット作品になってくれるとうれしいですね。

ゆるゆり→青春おうか部→ガヴリールドロップアウト?

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 今回は「ガヴリールドロップアウト」の作者うかみ先生の前作「青春おうか部」を取り上げてみたいと思います。もともとは電撃大王に連載されていた作品で、コミックスは1巻のみの刊行で終わっています。しかし、最近になってうかみ先生自身が同人誌として再録した本の刊行を始めていて、かなりの分量があったコミックス未収録の回まで収録されています。

 

 ガヴリールと同じ日常学園コメディと言える作品で、こちらは4コママンガでした。さらに言えば、こちらの方がより日常ものの要素が色濃く、学校で「青春謳歌部」なる部活を立ち上げ、自由きままに毎日を楽しく過ごす主人公・夕紀をはじめとする女の子たちの日常が描かれています。「青春謳歌部」なる名称からは、何か積極的な活動を志すような部活にも見えますが、実際にはそんなことはほとんどなく、毎日をゆるく楽しく過ごすことに全力を投入した、日常部活ものの明るさ・楽しさが存分に出た作品になっています。

 

 とりわけ、作者がかねてよりファンだったという「ゆるゆり」からの影響が端々で見られるようで、そもそも「青春謳歌部」の活動内容自体が、ゆるゆりの「ごらく部」のそれを彷彿とさせますし、学校の「作法室」なる和室の部屋を勝手に使っているという設定にも、ストレートな共通感があります。それでいて、このマンガならではの個性的なキャラクターやより優しい雰囲気が感じられ、スタンダードな設定ながら確かな面白さはあったと思います。

 

 もうひとつ、この後に続く「ガヴリールドロップアウト」の原点になったと思われる設定、キャラクターがいくつも見られるのも興味深い。主人公の夕紀(綾戸夕紀)は、明るく活発なガヴリールという印象で、周囲を騒がせるトラブルメーカーながら暗いところのない性格で、さしずめ「きれいなガヴ」といったところです(笑)。あえて礼儀正しい優等生な生徒を演じるエピソードなどは、ガヴリールでも見られる同じようなエピソードを彷彿とさせます。
 もうひとりの主人公と言える桜子(冬咲桜子)は、常識的かつ真面目な生徒で、夕紀に対する突っ込み役。こちらは間違いなくヴィネットでしょう。あちらのふたりと比較して、常に同じ部活で近くで活動しているあたり、より仲の良さが強く出ているような気がします。その点では「ゆるゆり」の京子と結衣の関係にも近い。

 

 逆にちょっと黒い性格をしているのが、コミックスでは未収録になってしまった連載後半で登場するクラス委員・星川伊奈。こちらはそのままラフィエルとの共通感があります。その一方で、必ずしもガヴリールとは合致しないタイプのキャラクターも幾人も見られ、謳歌部3人目の部員でまさかの男の娘であるエフィー、4人目の部員で一見してお嬢様然とした雰囲気も見せる眼鏡の秀才少女・海月(みつき)と、この作品ならではの個性的なキャラクターも多い。つくづくもコミックス1巻で終了したのは惜しかったなと思います。

 

 こうしてみると、うかみ先生のデビュー作だったこの作品、比較的短い連載期間ながら、前後の関連作との流れが顕著に見られるのが面白いと思います。すなわち、「ゆるゆり→青春おうか部→ガヴリールドロップアウト」と、明らかに創作の流れのようなものが垣間見える。アニメ化して一気に人気が爆発した「ガヴリールドロップアウト」も、いきなりそういう作品が生まれたのではなく、そこに至るまでの創作の遍歴があった上でそこに辿り着いた。こういう個人の創作の流れ、歴史が見えるのってほんとに面白くて、それを知ることでさらに個々の作品が楽しめるのではないかと思います。

minoriのゲームと新海誠のOPムービーを振り返る。

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 かつて一世を風靡した美少女ゲームメーカー・minoriの解散からすでに5カ月。もともと、その時にminoriのゲームを振り返る記事を書こうと思っていたのですが、書きそびれて随分と日延べになっていました。しかし、かつてそのminoriで何度もOPムービーを手掛けた新海誠の最新作「天気の子」が先日より公開され、さらにはその内容がいかにもエロゲー的であると一部マニアの間で話題となっているようで、今こそminoriのゲームと新海誠のOPムービーを振り返る絶好の機会だと思いました。今こそ「天気の子」に便乗して(笑)、新海誠美少女ゲームエロゲー)での仕事ぶりをつぶさに振り返ってみようと思います。

 

 minoriという会社は、かつて存在したコミックス・ウェーブというコンテンツ会社の一部門で(現在はコミックス・ウェーブ・フィルムとしてアニメ映画の制作を担当)、その中で美少女ゲームを担当する会社だったようです。新海さんは、当時からこのコミックス・ウェーブに在籍してアニメ制作を手掛けており、その時の仕事のひとつとしてminoriのゲームのムービー制作にも携わっていた。この当時minoriのゲームOPを何度も担当していたのは、そういう事情があったようです。

 

 最初に彼がOPを担当したのは、BITTERSWEET FOOLS」(2001)美少女ゲームにしては珍しくイタリアが舞台で、原画を担当したのはあの相田裕。OPも彼によるマンガ的な作画と表現が目立ち、美少女ゲーム的な雰囲気は薄いかもしれません。しかし、この当時から空、街並み、自然の光景を描く新海誠テイストは端々で感じられます。個人的には南欧的な真っ白い壁の街並みから天上へと階段が伸びる幻想的な1カットがお気に入りです。

 また、原画を担当した相田裕は、のちに電撃で「GUNSLINGER GIRL」の連載を始めることになり、これはその制作のきっかけとなった原点的な作品となっています。こちらの方でも重要な作品と言えるかもしれません。

 

 さらにその1年後にOPを手掛けた作品が、Wind -a breath of heart-」(2002)。夕暮れの教室、屋上、街並み、草原、電車、そして空、空、青空! 2作目のここに来て完全に新海誠全開。「ほしのこえ」の制作と同時期の制作だったようで、この頃から今に続く彼の作品性を存分に感じることが出来るでしょう。
 ゲーム本編もかなりの人気を博し、テレビアニメ化までされるminori初期のヒット作となりました。ヒロインであるみなもの「問い詰め」シーンがネタ的に話題となったことも思い出されますが、今となっては知っている人、覚えている人も少なくなってしまったかもしれません。

 

 次いではるのあしおと」(2004)。このゲームのOPも新海テイスト全開。電車が走る街並みと広大な草原、空が大写しになる自然描写、その双方の空気感が相変わらず素晴らしい。また、これまでのエモーショナルな雰囲気から一転して、曲調も作画も明るい雰囲気で満たされているのが特徴的です。「天気の子」がエロゲーだという評判は先に話したとおりですが、個人的には最も新海的な雰囲気を感じるエロゲーとなると、この「はるのあしおと」が挙げられるかもしれません。

 

 そして、最後にたどり着いたのが、minoriにとって最大のヒット作となったef - a fairy tale of the two.」(2006~2008)。ゲームも大変なヒット作ですが、新海によるOPムービーもこれがひとつの終着点と言えるような特筆の出来栄えとなっています。夕暮れの屋上と空というもはや王道パターンとも言えるビジュアルが、進化した演出で大幅に強化され、劇的な曲とあいまって恐ろしくエモーショナルな一作に仕上がっている。なんでも「秒速5センチメートル」と完全に同時期で平行して制作されたようで、その意味でも初期新海作品のひとつの頂点ではないかと思います。
 ゲーム本編も大きな評価を獲得し、さらには同時期に放送されたシャフト制作のテレビアニメもヒット。一般的にはこちらのアニメの方がよく知られているかもしれません。これは単なるゲームのアニメ化ではなく、原作の展開に合わせてアニメも企画されており(原作1作目・the first tale.(2006)と2作目the latter tale.(2008)の間にアニメ(2007)が放送されている)、当時のシャフトが全力を出した傑作ではないかと思っています。

 

 そして、この「ef - a fairy tale of the two.」が、新海誠美少女ゲーム最後の仕事となり、以後はこのジャンルから手を引くことになります。しかし、あえてここでminoriのその後の作品まで目を向けると、残ったスタッフがその新海の仕事を引き継ぐかのように、そのテイストを受け継いだゲームOPを手掛けることになります。eden*」(2009)すぴぱら」(2012)がその代表ですが、最後の「すぴぱら」のOPはとりわけ傑作で、新海を受け継ぐ美しい光と街並み、自然の表現はもちろん、魔女が自在に空を飛ぶ高速感溢れる飛行シーンなどアニメーションとしても素晴らしい出来栄え。個人的にはこれこそがminoriの頂点ではないかと思います。
 しかし、「すぴぱら」のゲーム本編の売り上げは芳しくなかったようで、予定されていたシリーズ化も頓挫し1作で終了、以後の制作にも影を落とし、往時の精彩はなくなったように思われました。これがこの2019年で制作終了・解散の直接の契機となったようで、非常に残念な話となりました。

 

 一方で、親会社であるコミックス・ウェーブ・フィルムは、ここ最近は「君の名は。」に「天気の子」と大ヒットを連発するヒットメーカーとなっており、まさに最近のアニメの盛り上がりと、一方で美少女ゲームエロゲー)の人気の低下を象徴するような結果になっていると思います。しかし、それでかつてのminoriの作品が忘れ去られるのはあまりに惜しい。新海監督のかつてのもうひとつの傑作OPとしても、いつまでも心に留めておきたいと思います。

「私以外人類全員百合」

 

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 先月のKADOKAWA新刊から「私以外人類全員百合」(晴瀬ひろき)を取り上げたいと思います。作者の晴瀬さんは、少し前まできららMAXで「魔法少女のカレイなる余生」を連載していましたが、コミックス3巻で終了となっていました。こちらも面白い連載だと思っていただけに残念でしたが、次回作となったこのComicWalkerの連載も非常に切れた面白さを持っていたので、是非ともおすすめしておきたいです。

 

 主人公の潤野茉莉花は、ふつうを愛しふつうの人生を望んで生きている女子高生。しかし、ある朝の登校中に周囲の様子がおかしいことに気付きます。同級生の女友達2人は目の前でキスを始め、登校する女子生徒たちもみんなそんな雰囲気。それどころか共学だったはずの学校にはもう女の子しかいない。さらには自分の知っていた男性は誰一人いなくなり、「元から存在しないか、あるいはよく似た女の人に取って代わられている」。気がつけば世界には女性しかいなくなっており、ふつうだったはずの自分の方がひとり異質な存在となっていたのです。

 

 学校の授業によると歴史も変わっているらしく、「未曾有のウイルスにより男性は1920年代に絶滅。人類はかつてない危機に至ったが、必死の研究により単性生殖の方法が確立され絶滅回避に至った」。そんな中で元の世界そのままなのは、その日の朝家から持ってきた自分の教科書のみ。周囲の人に自分の知っている常識を問いかけても誰も相手にしてくれない。

 

 いや、そんな中で、ひとりだけ彼女の話を聞いてくれる者がいたのです。それは学園で秀才と一目置かれる香散見(かざみ)りりでした。主人公と偶然会話することになった彼女は、最初は茉莉花の言うことを信じようとしなかったものの、もともと興味のあった量子力学多世界解釈に対する知識が幸いし、彼女の話にも興味を持って2人でこの世界の謎を追っていくことになるのです。

 

 そして、このあとの世界の謎に迫っていくSF的展開が非常に面白いのです。主人公は別の世界から来たはずなのに、それ以前から彼女はこの世界に連続して存在していたこと。すなわちこの世界にはもうひとりの自分が存在しており、しかもここ数日何か様子がおかしかったこと。歴史は1920年頃の未曾有の災害から改変されているが、それ以前の歴史は元の世界と同じであること。さらには、今現在よりもその1920年に近付くほど歴史の食い違いが増しており、逆に今に近付くにつれてなぜか元の世界に近付いていること。
 こうした数々の事実からひとつひとつ推論し、ついにはもうひとりの自分がごく最近訪れたという、山奥の廃村の神社の存在を突き止める。そこには隠し通路の先に思わぬ施設があり・・・とコミックス1巻の範囲だけで非常に面白い展開となっています。個人的には、シュタインズゲートYU-NOのような世界改変型SFと同等の面白さがあり、それと百合設定を組み合わせた異色作にして非常な意欲作だと思います。

 

 それに加えて、主人公を中心とした百合関係を描く作品としても非常に面白い。茉莉花とふたりで行動することになった香散見(かざみ)りりは、この世界で怪しまれないための偽装だとして、学校での交流やデートを重ねますが、実際には彼女のことが気になって仕方がない姿を見えないところでさらしていて、そのギャップに満ちた様子が非常にかわいい。元の世界では弟だったはずの妹が主人公に見せるストーカー的な執着も見逃せません(笑)。

 

 こうしてSF作品としても百合作品としても、あるいは見方によってはホラーやギャグとしても楽しめると思われる本作。もともとはタイトルから先に思い付いて内容が自然に決まった作品のようですが、これが今存在する百合作品、あるいは一部の日常もの作品にまつわる疑問への解答のように思えるのも面白い。きららや百合姫のマンガやアニメで、作中に女性しか出てこないのは、男性が1920年代に絶滅したからである(笑)。そう考えても面白いのではないでしょうか。