「私以外人類全員百合」

 

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 先月のKADOKAWA新刊から「私以外人類全員百合」(晴瀬ひろき)を取り上げたいと思います。作者の晴瀬さんは、少し前まできららMAXで「魔法少女のカレイなる余生」を連載していましたが、コミックス3巻で終了となっていました。こちらも面白い連載だと思っていただけに残念でしたが、次回作となったこのComicWalkerの連載も非常に切れた面白さを持っていたので、是非ともおすすめしておきたいです。

 

 主人公の潤野茉莉花は、ふつうを愛しふつうの人生を望んで生きている女子高生。しかし、ある朝の登校中に周囲の様子がおかしいことに気付きます。同級生の女友達2人は目の前でキスを始め、登校する女子生徒たちもみんなそんな雰囲気。それどころか共学だったはずの学校にはもう女の子しかいない。さらには自分の知っていた男性は誰一人いなくなり、「元から存在しないか、あるいはよく似た女の人に取って代わられている」。気がつけば世界には女性しかいなくなっており、ふつうだったはずの自分の方がひとり異質な存在となっていたのです。

 

 学校の授業によると歴史も変わっているらしく、「未曾有のウイルスにより男性は1920年代に絶滅。人類はかつてない危機に至ったが、必死の研究により単性生殖の方法が確立され絶滅回避に至った」。そんな中で元の世界そのままなのは、その日の朝家から持ってきた自分の教科書のみ。周囲の人に自分の知っている常識を問いかけても誰も相手にしてくれない。

 

 いや、そんな中で、ひとりだけ彼女の話を聞いてくれる者がいたのです。それは学園で秀才と一目置かれる香散見(かざみ)りりでした。主人公と偶然会話することになった彼女は、最初は茉莉花の言うことを信じようとしなかったものの、もともと興味のあった量子力学多世界解釈に対する知識が幸いし、彼女の話にも興味を持って2人でこの世界の謎を追っていくことになるのです。

 

 そして、このあとの世界の謎に迫っていくSF的展開が非常に面白いのです。主人公は別の世界から来たはずなのに、それ以前から彼女はこの世界に連続して存在していたこと。すなわちこの世界にはもうひとりの自分が存在しており、しかもここ数日何か様子がおかしかったこと。歴史は1920年頃の未曾有の災害から改変されているが、それ以前の歴史は元の世界と同じであること。さらには、今現在よりもその1920年に近付くほど歴史の食い違いが増しており、逆に今に近付くにつれてなぜか元の世界に近付いていること。
 こうした数々の事実からひとつひとつ推論し、ついにはもうひとりの自分がごく最近訪れたという、山奥の廃村の神社の存在を突き止める。そこには隠し通路の先に思わぬ施設があり・・・とコミックス1巻の範囲だけで非常に面白い展開となっています。個人的には、シュタインズゲートYU-NOのような世界改変型SFと同等の面白さがあり、それと百合設定を組み合わせた異色作にして非常な意欲作だと思います。

 

 それに加えて、主人公を中心とした百合関係を描く作品としても非常に面白い。茉莉花とふたりで行動することになった香散見(かざみ)りりは、この世界で怪しまれないための偽装だとして、学校での交流やデートを重ねますが、実際には彼女のことが気になって仕方がない姿を見えないところでさらしていて、そのギャップに満ちた様子が非常にかわいい。元の世界では弟だったはずの妹が主人公に見せるストーカー的な執着も見逃せません(笑)。

 

 こうしてSF作品としても百合作品としても、あるいは見方によってはホラーやギャグとしても楽しめると思われる本作。もともとはタイトルから先に思い付いて内容が自然に決まった作品のようですが、これが今存在する百合作品、あるいは一部の日常もの作品にまつわる疑問への解答のように思えるのも面白い。きららや百合姫のマンガやアニメで、作中に女性しか出てこないのは、男性が1920年代に絶滅したからである(笑)。そう考えても面白いのではないでしょうか。