10年目で再び「ムカンノテイオー」を語ろうか。

 このところ、マスコミの報道姿勢やバラエティの番組内容を巡って、またも物議を醸すような話がいくつか見られますが、ここで再びかつてのヤングガンガンの連載「ムカンノテイオー」を取り上げてみたいと思います。
 「ムカンノテイオー」は、ヤングガンガンで2006年から2008年にかけて連載された作品で、テレビ局の仕事ぶり、というか裏側を描くいわゆる「業界もの」とも言えるマンガでした。しかし、視聴者があまり知ることのないテレビ業界の事実がえらく露骨に描かれていて、非常に興味深い内容になっていたのです。実際のテレビ局の関係者の間でも話題だったらしく、「他の業界ものはウソばっかだけどこれは本物」「ここまでバラされると仕事がやりにくくなる」など、非常に高い評価を得ていたようです。
 作者は、原作がHTロクシス、作画に玉置一平。作画の玉置さんは、以前PSソフトの「クロス探偵物語」のキャラクターデザインの仕事なども手掛けていたようですが、主に青年誌の連載を手掛ける事が多く、この作品も青年誌的なスタンダードな作風ながら、随所で時に迫力を感じる安定した作画となっています。
 そして原作のHTロクシスなる人物、これがどうも元テレビ局の関係者だった人物らしく、それもテレビ朝日で仕事をしていたようで、この作品の舞台も「六本木テレビ」という架空のテレビ局となっています。このマンガに見られる緻密なリアリティは、この原作者の力によるところが大きいと思われます。

 ストーリーは、ちょっとしたきっかけから、テレビの制作プロダクションでADとして働くことになった元暴走族の少年・藤田平蔵が、意外なテレビ局の内情に触れて時に戸惑い時に怒りを覚えつつ、しかしそれでも真剣な意志を持って働き続けるというもの。この主人公の平蔵こそが、まさに我々視聴者の代弁者ともなっており、業界については素人だった彼の視点を通して、テレビ局の内実を知るという構成になっています。

 テレビ局内部の制作ルームや生放送の行われるスタジオ、騒乱極まる事故現場の様子など、そうしたひとつひとつの場面にもリアリティがありますが、本当に面白いのは、やはり「テレビ局の仕事の裏側、その負の部分を徹底的に描いている」点に尽きると言えるでしょう。冒頭では暴走族を取材するシーンでいきなりプロデューサーが平然とやらせを敢行しようとしますし(笑)、作中のテレビスタッフの吐くセリフも、そうしたやり方を肯定するようなものが多い。旅番組の取材においても、週刊誌の記事を元に取材しようとする仕事ぶりを見て文句を言う平蔵に対して、「は? テレビの情報番組が全部独自取材で情報を得ているとでも思ってるのか。週刊誌のネタをパクるのは当たり前だろ」など当然のように話すところを見て、思わず笑ってしまいました。

 さらに興味深いのは、毎回の連載で最後のページで掲載されたコラムです。これが、平蔵と中川プロデューサーの対談という形で書かれていて、本編の補完という形でさらに内実に触れる内容になっていて、さらにテレビ局を深く知ることが出来ました。例えば、捏造ややらせを最終的に行うことになる具体的な経緯やその是非、「女子アナはどうやって選ばれるのか」といったテレビ局の実情、果ては「未成年の犯罪者の実名報道の是非をテレビ局自身はどう考えているのか」といった真面目な話までひどく突っ込んで書かれていました。先ほどの情報番組のネタを週刊誌から得ているという話でも、「そんなことをして週刊誌から怒られないのか」という平蔵の質問に対して、「週刊誌からクレームが来ることは滅多にない。ただ一度、雑誌の発売前にフライングで番組を流してしまって、その時だけはすごい勢いで怒られた」とか、具体的過ぎる返答が出てきてここでも笑ってしまいました。

 こうしたマンガの内容を見て、確かにテレビのこうした姿勢に怒りを覚えることもあったのですが、しかし同時にそうした仕事をせざるを得ない内実もしっかりと描かれており、納得できる内容にもなっていました。「ムカンノテイオー」というタイトルも、権力の監視を行うというマスコミの役割を示した「無冠の帝王」から来ており、最後にはそれを追って危険な取材にも踏み込むひどくシリアスなエピソードも見られます。正直、このマンガを読んで、それまでのテレビに対する見方が相当変わりました。ネットで見られるマスコミ批判に影響される前に、一度この作品に目を通してみると面白いと思います。