「裏世界ピクニック」にまつろう話まつろわぬ話。

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 先日、SFマガジンが2年ぶりにまた百合特集を組むと聞いて、「今ならば『裏世界ピクニック』を中心に据えた特集になるのかな」と予想したのですが、案の定その裏世界ピクニックが表紙で対談なども組まれる大きな特集となっていました。そう、かれこれ1年近く前にアニメ化が告知されていた『裏世界ピクニック』の放送が、ついにこの1月から始まるのです!

 

 『裏世界ピクニック』は、ハヤカワ文庫で2017年から刊行されているSF小説。作者は宮沢伊織。刊行当初から一部読者の間でかなり大きな話題になったことで、わたしもその噂は耳にしていましたが、直接的に知るきっかけとなったのは、翌2018年からガンガンで始まったコミカライズでした。「スパイラル」の作画でも人気を集めた水野英多さんが作画を担当し、その作画の出来が非常に良かったこともあって、一気にはまることになりました。

 

 「裏世界」というタイトルからも類推されるとおり、内容はSFでありつつオカルトやホラーの要素が強い。それも、近年ネットで盛んに噂になる「八尺様」や「きさらぎ駅」などの都市伝説をメインテーマに据えたことが、大きな注目を集めるきっかけとなったようです。また、より直接的に影響を受けた作品として、ロシアの作家ストルガツキー兄弟の小説「ストーカー」(原題:Roadside Picnic)が挙げられています。これは、異星人が残した謎の地帯「ゾーン」で遺物を求めて探索を繰り返す者たちの物語ですが、この「裏世界ピクニック」も、「裏世界」と呼ばれる異界の探索と物品を持ち帰る女子大生2人の冒険を描いた物語。また、この小説を原作に制作された映画や、あるいはFPSのゲームシリーズ(「S.T.A.L.K.E.R. 」)の影響もあるようです。とりわけ主人公のふたりが銃器を使って敵と戦ったり、アメリ海兵隊のような本格的な軍事装備をした部隊が登場する展開は、こうしたゲームからの影響や作者の趣味も強いのかなと思っています。

 

 また、昨今の都市伝説との関連でも、例えば「きさらぎ駅」に行ったとする体験者の報告が、この世界とは違う異世界のような場所に赴いて、そちらで異界の住人や何か恐ろしい存在に遭遇したとするものが見られるのも、こうした作品との共通性がありますね。こうした近年のオカルト的流行をうまく設定に取り入れた作品とも言えそうです。

 

 しかし、もうひとつ、この「ストーカー」と並んで、あるいはそれ以上に直接的な原点となった作品があると思われるのです。それは、ずばり「秘封倶楽部」。原作は一連の同人作品シリーズのひとつとして出た音楽CDですが、CDに付属されたブックレットのイラストとショートストーリーが人気を博し、一部のコアなファンの間で同人人気が発展。単独の同人イベントが開かれたり、あるいはこの人気に影響を受けたのか原作のCDも長いときを経て続編が出るなど、熱心なファンの間で息の長い人気作品になっています。

 

 そして、どうもこの「秘封倶楽部」に影響を受けて作られた作品も、かなり多くあるようで、その中でも一番の代表作と言えるのがこの「裏世界ピクニック」なのです。「秘封倶楽部」のブックレットに描かれたストーリーは、科学が発展した未来世界の女子大生ふたりが、大学でオカルトサークルを結成、オカルトスポットと思われる廃墟へと探索へ赴くいう掌編。あるいはごく明るい小旅行のような逸話もあり、一方で入り込んだ別世界から深刻な影響を受けて帰ってくるというシリアスな一編もある。これが「裏世界ピクニック」の直接的な原点となっているのは間違いないところです。主人公のひとり空魚の右目が、裏世界の存在を見通す異様な能力に目覚めているのも、「秘封倶楽部」のキャラクターからの直接の影響が感じられます。

 

 そして、これはそうしたオカルト的な探索設定だけではなく、キャラクター同士の関係性、とりわけ今回のSFマガジンの特集にもなっている「百合」的な関係も、作品最大のポイントとなっています。今回のアニメでも、むしろそちらの方で期待している視聴者も多いかもしれない。水野英多さんのコミカライズも、きれいな作画でキャラクターの魅力満点でしたし、アニメでもそうした楽しさに期待したいと思いますね。