桑佳あささんの新境地「しょうあんと日々。」。

f:id:kenkyukan:20200613164157j:plain


 前回に続いてコミックキューンの最近の連載から「しょうあんと日々。」を取り上げたいと思います。作者は桑佳あさ。かつては「藤野もやむ」名義でエニックスで「まいんどりーむ」「ナイトメア☆チルドレン」など数々の人気作を手掛け、移籍先のマッグガーデンでも長い間活動、そこを出た後もさらに活動を続けてきました。このコミックキューンでは、以前「どくろさんが見ている。」という連載がありましたが、そちらは残念ながら中途での終了となってしまったようです。
 その後、コミックキューンの誌面の方向性が変わったことで、ここでの次回作があるか不安に思っていたのですが、幸いにもこうして新作が始まったようです。その「しょうあんと日々。」は、これまでのどの桑佳さんの過去作とも異なるコンセプトを感じました。

 

 舞台は長崎の端島軍艦島)。かつて石炭の採掘が行われ、今では巨大な廃墟となったこの島で、なぜか小さな人間(小人?)の姿となって目覚めた硝安ダイナマイトの子「しょうあん」が主人公。炭鉱爆薬として生まれたはずの彼女ですが、目覚めた直後から島に残された人間の生活に興味を持ち、それらの遺構を求めて少しずつ島の探索を進めることになります。

 

 最初に彼女が興味を持ったのは、「黒いダイヤ」とも呼ばれる島に残された石炭。その石炭を廃墟の部屋に運搬する仕事(?)をこなしつつ、部屋に残ったかつての人間の生活に思いを馳せる。そこで見つけたのは照明ロケットやラジオ。今でも光るロケットを心を寄せる相棒に、今でも時折音が聞こえるラジオの声に反応して毎日の生活を送りつつ、さらに島内の探索を続けていく。


 学校を見つけて今でも教室に残る教材から様々なことを学び、かつて屋上にあった農園を見つけて僅かに残った野菜の収穫を始め、映画のフィルムを見つけてかつて人々で賑わっていた映画館での上映に想像をめぐらせる。彼女は小さなダイナマイトであり、人間の文明を完全に復活させるようなことはできないが、僅かに残った文明の残滓を追い求めて必死にその真似をしようとする。その姿がなんとも哀しくも愛おしい。

 

 面白いのは、これが廃墟となった島が舞台ではあるものの、いわゆる「終末の世界」であるわけではなく、ちゃんと離れた場所には人間が存在しているということ。舞台はおそらくは現代の日本であり(端島から人間がいなくなって数十年後という設定)、対岸の陸地には夜になると街明かりがともり、多くの人がそこで暮らしていることを想像させます。単に遠くにいるだけでなく、その人間たちが幾人か島に上陸してくることもあり、島の片隅で釣りをする住人のほか、かつての島民達が昔を懐かしんで廃墟を訪ねてきたりする。そんな人間の姿を直に目の当たりにして、さらに人間に親近感を覚えるしょうあんですが、ただのダイナマイトゆえに完全に触れ合うことはない。人間の文明がいまだ存在するがゆえの、その片隅の廃墟で生きる寂しさも良く出ていると思います。

 

 もうひとつ、このしょうあんの元にたまにダイナマイトの仲間が登場し、彼女たちとひと時の間楽しく触れ合うシーンもあります。最初に登場したのは、ちょっと変な性格をしたさくらというダイナマイト。彼女は、最後まで炭鉱爆薬として生きることを選択し、いきなり爆発四散していなくなってしまいます。
 次に登場したのは、今でも海の底の炭鉱で発掘作業を続けていたうめというダイナマイト。ひとつのことに孤独に打ち込むやや消極的な性格でしたが、しょうあんに見せられた人間の生活には興味を持ち、ふたりで島内の探索を進めるようになります。やがてしょうあん以上に人間の文明に興味を持つようになり、そして最後には人間の船に乗り込んで島を出ることを決意し、彼女のもとからいなくなってしまうのです。そうしてしょうあんはまたひとりに戻ってしまう。こうして仲間と一時触れ合いつつも「最後には再び孤独に戻る」というのが、またなんとも切ない作品となっています。

 

 ここ最近のコミックキューンでは、前回の記事で紹介した「シメジ シミュレーション」と共に、こうした独特な雰囲気を持つ貴重な連載ではないかと思います。桑佳さんがひとつ前の連載をしていた創刊初期からは様変わりしてしまったキューンですが、こうした作品を大事にしてほしいと思いますね。